中国という国でのありえへんメモリー
August 21, 2017 16:19:03
みなさんこんにちは!
ワンアース・ラボのyumikoです。
さて今日はいつもとは一風変わったお話です。
私は日本の大学を卒業してすぐに中国に移住しました。(変わり者)
今でもその変わり者で生きてきていますが、いまとなっては本当にいい経験だったな、と思います。
大学で中国語の勉強に目覚めて、生きた中国語を学んで、あの頃は中国LOVEだったんですよね。
私が住んでいたのは遼寧省の大連市というところです。
かつての満州があった中国の東北地方になりますが、日本軍が初めて中国の足を踏み、道を作り始めたのが大連港~、と言われており、
大連の街は日本人が建設した建物が今でも多く残っているので、最近の言い方でいうとフォトジェニックなインスタ映えする景観がたくさんあります。あとは、海沿いの街で、内陸部よりも空気が良く、開放的な印象かな。
(↑ちなみにこのローラースケートをしている風の子供は、銅像。)
大きすぎず、小さすぎず、いま思うと暮らすにはほどよい街。
しかしですよ、ある程度の心構えを持って移住したものの、毎日が「ありえない」だらけだったのも事実。
良いことも、悪いことも、鍛えられましたね・・・
ありえへん!!
なんてことは日常茶飯事。ここでは書けないことたくさん経験しました。
でも、ここで書ける話題、どちらかというとユニークな話題を・・・
面白かったけどありえへんランキングとして今でも鮮明に記憶に刻まれていること。
一つ目はこちら。
よく遊園地にあるヴァイキング?ドラゴン? 船が左右に揺れるやつ。
これ、当時住んでいたマンションの近くに大きな広場(星海広場)があり、その散歩コースに突如現る乗り物だったのですが、日本人の友達と散歩中に乗ってみたところ、
係員が「今日は人少ないし、乗りたいだけ乗っていいよ~」
と。
あ、ちょっと長くしてくれるのかな~?!わ~い
くらいの軽い気持ちで、船は動き出しました。
しかしですよ、スタートから間もなくして、係員はどこかに消える。
5分経っても10分経っても戻ってこない・・・
もはやスタートした時のドキドキ感、楽しさがなくなり、船に大きく揺れるのも慣れてきて、おしゃべりしながら係員の帰りを待ち続ける・・・
そして20分くらいしたところで係員が戻ってきたので、大声で「止めてー!!!」と叫びましたら、船は減速し止まりました・・・
そのあとしばらく歩く感覚がおかしなことになりました。
そして二つ目。
人じゃなくてこの横断歩道に注目してください。
いま歩道の信号が赤なのはわかる…。
青信号が看板で隠れてるやないのーーーーーーー!!
という、日本でいえばありえないこと。
これは大連で2件目に住んでいたマンションの裏側だったので、このマンションに引っ越した時はいつ渡ったらいいのやら戸惑いました。
当時は一瞬の衝撃で、あまり動じなかった記憶がありますが、今やすっかり日本感覚を取り戻しているので、なかなかのものだなーと思い返します。
そしてそして関係ないですが、この写真を見てもなかなかディープなエリアに住んでいたなあ、と懐かしくなりました・・・。このエリアには2年ちょっとは住んでいたと思います。(マンションは近代的できれいなマンションに住んでいましたよ♡笑)
移住生活を終えて日本に帰国して、その後、何度か大連へ遊びに行きましたが、街も人々の装いや髪型もすごく洗練されてきていて、ものすごく変化を感じます。
そんな中、こんな信号機が未だに存在するのか、あれから確認したことはありませんが、次に大連へ行く機会があれば確認したいものです笑
では!
YUMIKO